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「細胞融合」を目指して

 それは大学2年生の時でした。今から約30年も前のことです。NHKのドキュメンタリー番組で、大阪大学微生物病研究所のある研究室の研究内容や研究室風景が映し出されていることを知って、「大阪大学」ということだけで見始めたように記憶しています。その番組では、細胞融合現象を世界で初めて発見された岡田善雄博士(現大阪大学名誉教授)の研究室が紹介されていました。詳しい内容は憶えていないのですが、顕微鏡下で細胞がきらきらと輝きながら生き続けている映像が映し出された時、思わず「これだ!」と心の中で叫んだのを鮮明に記憶しています。高校時代から漠然と思い描いていた“研究”というもの、自分がやってみたいと惹きつけられる“医学研究”を初めて実感した時でした。この瞬間が私の研究者としての第一歩であったのかも知れません。

言うまでも無く、岡田善雄先生は、センダイウイルスが細胞と細胞を融合させる能力を持ったウイルスであり、細胞はウイルスを介して融合するという現象「細胞融合現象」を発見されました。1955年の夏のことだそうです。私は1955年9月生まれですので、私が生まれたちょうどその頃、岡田先生は世界で初めての現象にぶつかっておられたことになります。そして、この現象を初めて報告されたのが1957年のことです1)から、来年でちょうど50年になります。そう考えますと、日本発の生命科学の雑誌「蛋白質核酸酵素」が創刊50周年を迎えるというのは、この雑誌が、私にとりましては、日本発の生命科学研究の流れそのものに感じられます。

 その後、岡田先生は、この細胞融合現象の解析にのめり込んで行かれ、詳細な解析データを次々と発表されていかれました。試験管内で融合現象を再現した実験結果の発表2)をはじめとして、有名な“ECR3部作”と呼ばれる論文の発表3〜5)など、当時の岡田先生の孤軍奮闘振りが推察されます。(ほとんどの論文を単独著者で書いておられます。)その結果として、細胞融合現象を体細胞に利用した研究は世界に広がり、「体細胞遺伝学」という、新しい学問体系が生まれていきました。大腸菌とバクテリオファージの組み合わせによる「分子遺伝学」、遺伝子組み換え技術の開発に基づく「分子生物学」が欧米発の研究であるのに対し、「体細胞遺伝学」はまさに日本発の研究と言えます。岡田先生は、センダイウイルスという言葉より、好んでHVJ(Hemagglutinating Virus of Japan)という用語を使われます。”Virus”という単語が最後に付いていないために世界的には認知されていないのですが、自分たちが見つけて名づけ、自分たちが解析したことを大事にされる岡田先生の研究者としての自負が感じられます。

 私の研究者としての歩みは、NHKのテレビを偶然見ることができたという幸運をきっかけにして始まり、岡田先生の薫陶を受けることができたのはまさに幸運であったと言えます。学んだことは多々あり、今までの、そしてこれからの私の研究の支えとなっています。先ず、「自分自身の研究」を大切に育てようとする意志の重要性です。「センダイウイルス」のことを「HVJ」としか呼ばれないことからもわかりますように、「自分で見つけたこと」を大切にし、それにこだわって研究することの重要性。この姿勢が、「ウイルスで巨大な多核細胞ができる」という、初めて見た者にとっては訳のわからない現象を、何が起こっているのかを突き止めたいという研究へと導き、世界を揺るがす研究成果へとつなげていかれたことを知ることができました。さらに言えば、「見たことも無い、訳がわからない」ことを、「つまらない」ではなく、「おもしろい」と感じることができるか、誰も信じないかもしれないけれど、研究を突き進めようとする勇気を持つことができるかということのように思います。

 また、岡田先生に研究を始めて先ず言われたことの中に、「研究者は自由業」という言葉があります。何時から何時まで働かないといけないといった縛りがなく、自由に1日を過ごせるということを一義的には意味していますが、「自由な発想とそれを生む雰囲気を大事にする」ということを意味していると思っています。いわゆる「自由業」として成功している方たちはすべて、型にはまらない発想でそれぞれの分野の仕事を展開している方々ばかりであり、岡田研究室では、「研究」という分野でも発想が「自由」であることの大切を体感することができました。このことに関して、具体的な忠告として言われたことで、忘れられない言葉があります。「論文を読むな。」これは極論でありますが、何を言われたかったかと言いますと、「論文を読めば読むほど、その論文を書いた人の発想で物事を考えるようになる。」ということです。ただ、論文を読まずに研究者を続けることはできませんし、岡田先生ご自身も論文をもちろん読んでおられましたので、「本当に読むな。」ということではなく、論文を読むことによって、得られるものばかりではない、逆に失うものも多いことを常に肝に銘じろという意味であると思っています。

 それから、忘れられない言葉に、「細胞は何かを語ってくれる。」という一言があります。これは、細胞の示してくれる現象をじっと待っていれば、何かが見えてくるという意味ではなく、何かを「問いかけない」と「答えてくれない」、だから、こちらの知りたいことを何とかして「細胞に問いかける」、そうしたら、細胞が「何らかの答」を示してくれるという意味です。つまり、「問」の方が大切であって、研究者は、細胞に向かって「何をどのように問いかけるか」を問われているということです。

 一方、岡田研究室で学んだとても大事なことの1つに、研究発表に対する価値観があります。私が研究をはじめたころには考えられなかった現在の世の中の風潮の1つに、「Cell Nature Science至上主義的価値観」があります。もちろん、岡田先生の論文の中には、CellやNatureに発表されたものも少なからずありますが、細胞融合発見当初の論文が、Biken Journalなどの日本発の英文誌に掲載されていることからも明確なように、研究のインパクトはジャーナルのインパクトでは計れないという紛れも無い事実です。岡田研究室では、論文の掲載されたジャーナルによって研究の質を判断するという雰囲気が全く無かったということが、もしかすると私の最大の幸運だったのかも知れません。

 他にもいろんなことを岡田研究室に在籍していた約10年間の間に学んだと思いますが、紙面の制限もあり、あれこれと書くことは控えます。ただ、これからの生命科学研究の進展を考えた場合、私が学んだこと、私が経験した研究室の雰囲気を引き継ぎ、新しい世代とともに研究を進めていくことができればと願っています。私が経験することができた「研究者としての幸運」を、次世代の誰かがまた感じてくれるように。そして、50年前の「細胞融合」の発見と同じような発見が、10年後あるいは20年後にも見られるように。それが私の研究室の中で起こることを目指して。

1) Okada, Y., Suzuki, T. & Hosaka, Y. Interaction between influenza virus and Ehrlich’s tumor cells. III. Fusion phenomenon of Ehrlich’s tumor cell by the action of HVJ Z strain. Med. J. Osaka Univ., 7: 709-717 (1957)
2) Okada, Y. The fusion of Ehrlich’s tumor cells caused by HVJ virus in vitro. Biken J., 1:103-110 (1958)
3) Okada, Y. Analysis of giant polynuclear cell formation caused by HVJ virus from Ehrlich’s ascites tumor cells. I. Microscopic observation of giant polynuclear cell formation. Exp. Cell Res., 26: 98-107 (1962)
4) Okada, Y. & Tadokoro, J. Analysis of giant polynuclear cell formation caused by HVJ virus from Ehrlich’s ascites tumor cells. II. Quantitative analysis of giant polynuclear cell formation. Exp. Cell Res., 26: 108-118 (1962)
5) Okada, Y. Analysis of giant polynuclear cell formation caused by HVJ virus from Ehrlich’s ascites tumor cells. III. Relationship between cell conditions and fusion reaction or cell degeneration reaction. Exp. Cell Res., 26: 119-128 (1962)
 
“ PNEモノグラフ『生命科学、これまでの50年、これからの50年』(共立出版)より”
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